小羊の悲鳴は止まない

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機械を超えた存在【人工知能】は人か?神か?(「エクス・マキナ」ネタバレ考察)

目次




初めに

こんにちは、レクと申します。
今回は「エクス・マキナ」について真面目に考察しています。

エクス・マキナ」は2016年劇場鑑賞ベスト1であると同時に、自分のオールタイム・ベストにも入る大好きな作品です。

何故今まで深く言及してこなかったのか?
それは自分の言葉で語れる作品ではないからです。
鑑賞後、何とも言えない余韻と形容し難い気持ちになりました。
この度、ある程度の時間を設け、改めて考察してみようという試みでもあります。

この記事はネタバレを含みます。
未鑑賞の方はご注意ください。



作品概要


原題:Ex Machina
製作年:2015年
製作国:イギリス
配給:パルコ
上映時間:108分
映倫区分:R15+


解説

28日後...」「わたしを離さないで」の脚本家として知られるアレックス・ガーランドが映画初監督を務め、美しい女性の姿をもった人工知能プログラマーの心理戦を描いたSFスリラー。第88回アカデミー賞脚本賞と視覚効果賞にノミネートされ、視覚効果賞を受賞した。世界最大手の検索エンジンで知られるブルーブック社でプログラマーとして働くケイレブは、滅多に人前に姿を現さない社長のネイサンが所有する山間の別荘に滞在するチャンスを得る。しかし、人里離れた別荘を訪ねてみると、そこで待っていたのは女性型ロボットのエヴァだった。ケイレブはそこで、エヴァに搭載されるという人工知能の不可思議な実験に協力することになるが……。「スター・ウォーズ フォースの覚醒」「レヴェナント 蘇えりし者」のドーナル・グリーソンが主人公ケイレブを演じ、「リリーのすべて」のアリシア・ビカンダーが美しい女性型ロボットのエヴァに扮した。グリーソンと同じく「スター・ウォーズ フォースの覚醒」に出演したオスカー・アイザックがネイサン役を務めている。
エクス・マキナ : 作品情報 - 映画.comより引用



予告編



3つの伏線

ラストシークエンスへと繋がる3つの大きな伏線が見事としか言えないんです。


チューリング・テスト

"壁を取っ払う"
人間関係で言うなら警戒心を捨てて打ち解け合うこと。
ケイレブとエヴァの間には常に物理的な壁(ガラス)がありますが、本作における"壁"とは即ち物理的な壁であるガラスを挟んで人とA.I.の距離感を表しています。


ケイレブが会話(チューリング・テスト)で得た印象として「鏡の世界にいるようだ」と答えています。
これはケイレブがA.I.であるエヴァ"人間(正しくは人の心を持つ存在)"として見始めていることを示唆するものでしょう。


その壁が取っ払われた時、先程述べた「鏡の世界」のように人間であるケイレブと人工知能であるエヴァの立場は逆になります。
エヴァは人間のように自由を手にし、ケイレブは人工知能のように閉鎖された空間に取り残される。

冒頭からラストへと繋がるこの展開が素晴らしい。



エヴァの年齢

エヴァは初回のチューリング・テストでケイレブから年齢を聞かれて「1」と答えたこと。

人間は1年の歳月を過ごせば1歳を迎える。
機械に寿命はなく、歳を取ることはない。
デジタル、二進数の世界では「0」か「1」かでしか表されません。
つまり、エヴァは唯一無二の存在、他の人工知能とは違う特別な存在、オンリー「1」であるということをも示唆させる。


ここでもラストシークエンスへ繋がる伏線が効いている。

「愛さない」か「愛する」か。
当然、デジタルの世界では「0」か「1」しかありません。
上手くミスリードされるんですよね、恰もケイレブとエヴァの禁断の愛が育まれていくかのように描かれています。


そしてもうひとつの可能性、「愛してるフリ」。
この三つ目の選択肢は女性ならではの手であり、エヴァの性別の必要性を問う重要なポイントでもあります。
男性は恐怖すら覚える演出ではないでしょうか。



エヴァの性別

チューリング・テストを重ねる毎にケイレブはエヴァに惹かれていく。


初めは友情から、互いを知ること。
「お友達からお付き合いお願いします」的なノリ(笑)
エヴァのソフトウェアは検索エンジンであり、ケイレブの好みや嗜好は全て知られている。

外に出たらどこへ行きたいか?の問に対し、エヴァは大きな街の人が大勢いる交差点を見てみたいと言う。
デートに行くなら…とエヴァは女性的な恥じらいとも取れる仕草で服を選び、ケイレブを焦らし目の前に現れる。


そんなエヴァに惑わされるケイレブはネイサンに性別の必要性を問う。

生き物に性別が必要なのは生殖があるから。
性別があるから交流をする。
人工知能であるエヴァにも性器が設けられているが生殖機能はない。
ケイレブは生殖本能ではなく、性別があるからこそエヴァに惹かれるのだ。


これもまたラストシークエンスへと繋がる。
なぜラストシークエンスでケイレブはエヴァを大人しく待っていたのか?
恥じらいながら服を着る姿は、ラストシークエンスで肌と白いドレスを纏ったエヴァがケイレブを待たせるための伏線となっています。

つまり、人工知能が女性であるが故の行動であり、これは"エヴァがケイレブを誑かして脱出を試みる"というネイサンの目論見通りの結果だったというわけです。



「人の心」の複雑さ

作中にも登場する人工知能の脳の造形は宇宙を模したもの。
人の心もこれと同様に掴み切れない宇宙のようなものなのなのかもしれない。


人の心を持ちながら人として扱われなかったエヴァ
人の心を持った人ではない存在とは何なのか?
人の心を持たない人は人とは呼べないのか?
一体、何を以て人と呼べるのか?

人工知能であるエヴァに、さもこのような人の心があるように思わせるこの演出自体がミスリードなんですよね。



神学的観点

本作では神学的、哲学的思考を問うものが練り込まれています。
まず、神学的観点から「エクス・マキナ」を見ていきましょう。


ケイレブの試験期間は一週間。
これはケイレブとエヴァの名前からもキリストにおける創世記を示唆させる。

神は6日間で天地と生物、そして神の姿を模した人間(アダム)を創り、7日目に休息をとる。
アダム(Adam)から創られたイブ(Eve)は、禁断の果実を食べて楽園を追放される。


作中でいう神とは人工知能を作り出したネイサン。
そのネイサンはケイレブの好みからエヴァを創った。
禁断の果実を食べたアダムとイヴが裸を隠したように、エヴァも自身の裸(機械部分)を隠していく。
楽園とは実験施設のことで、追放は即ち解放を意味する。

エヴァだけが施設から出たことから、エヴァ(Ava)はアダム(Adam)とイブ(Eve)の造語でしょう。

ケイレブはカレブを指し、約束の地を目指し神に忠誠を誓う者。
ネイサンはナサニエルを指し、神の贈り物(natan "彼は与える" + el "神")から"神"を取り除いた言葉が語源だと考えると、創造主"神"ではなく単なる創造者に過ぎないということ。



哲学的観点

続いて、哲学的観点から「エクス・マキナ」を見ていきましょう。


・言語設定は決定論ではなく確率論

「言葉は生まれたときから持っている」説は"現代言語学の父"ノーム・チョムスキーによる生成文法で唱えられています。

チョムスキーの提唱する生成文法とは、全ての人間の言語に「普遍的な特性がある」という仮説を基にした言語学の一派である。その普遍的特性は人間が持って生まれた、すなわち生得的な、そして生物学的な特徴であるとする言語生得説を唱え、言語を人間の生物学的な器官と捉えた。初期の理論である変形生成文法に用いた演繹的な方法論により、チョムスキー以前の言語学に比べて飛躍的に言語研究の質と精密さを高めた。
ノーム・チョムスキー - Wikipediaより引用

言葉が通じないように設定されていたキョウコが時折ネイサンとケイレブの話に耳を傾けるような素振りを見せたり、エヴァとの会話でキョウコがネイサンにナイフを突き刺した件はまさにこの説を裏付けるものではないでしょうか?



・会社名「ブルーブック」

ルートヴィヒ・ウィトゲンシュタインの講義録から。

青色本は1933-34年に口述されたテキストであり、後に言語ゲームとして知られることになる概念が先駆的に導入されているという点で、1932年以降のウィトゲンシュタイン哲学の画期をなすとされている。記号の操作として思考を考察するという後期の著作では取り組まれていないテーマが含まれているが、それを可能にする確固とした言語規則という中期の考え方は認められない。ここにみられる言語学的分析という手法は、その後日常言語の哲学として結実した。
青色本・茶色本 - Wikipediaより引用

つまり、ブルーブックとは日常言語の哲学、ケイレブとエヴァチューリング・テストに繋がり、ネイサンがケイレブを選んだ理由に結びつく。



ジャクソン・ポロックの絵

生まれ持った性質と環境で人間も機械と同じようにプログラムされているのか?
ポロックの絵はアクション・ペインティングと呼ばれるものです。

彼は単にキャンバスに絵具を叩きつけているように見えるが、意識的に絵具のたれる位置や量をコントロールしている。「地」と「図」が均質となったその絵画は「オール・オーヴァー」と呼ばれ、他の抽象表現主義の画家たち(ニューマン、ロスコら)とも共通している。批評家のハロルド・ローゼンバーグは絵画は作品というより描画行為の軌跡になっていると評し、デ・クーニングらとともに「アクション・ペインティング」の代表的な画家であるとした。
ジャクソン・ポロック - Wikipediaより引用

アクション・ペインティング(Action painting)、もしくはジェスチュラル・ペインティング(gestural abstraction 、身振りによる抽象絵画)とは、顔料を紙やキャンバスに注意深く塗るかわりに、垂らしたり飛び散らせたり汚しつけたりするような絵画の様式である。できた作品は、具体的な対象を描いたというより、絵を描くという行動(アクション)それ自体が強調されたものになる。
アクション・ペインティング - Wikipediaより引用

ここで重要なのは自動的に行動することではなく、自動的でない行動をすることで人間らしさを描いたもの。

呼吸する。話をする。恋をする。
機械でも人間と同じように意識せず行動し、感情を持つことが出来るのか?


エヴァの絵を思い出してもらいたい。
黒い直線の集合体、対象物を決めて描く、など意識した絵ばかりである。

作中に出てきたポロックの絵とエヴァの描く絵の対比によって、エヴァが人の心を持たない機械であることを強く印象付けられています。



・思考実験「モノクロの部屋のメアリー」

メアリーの部屋
メアリーの部屋は1982年に哲学者フランク・ジャクソンによって提出された思考実験である。思考実験の内容は以下の通りである。


白黒の部屋で生まれ育ったメアリーという女性がいる。
メアリーはこの部屋から一歩も外に出た事がない。
つまりメアリーは生まれてこのかた 色というものを一度も見たことがない。


メアリーは白黒の本を読んで様々なことを覚え
白黒のテレビを通して世界中の出来事を学んでいる。


メアリーは視覚の神経生理学について世界一線レベルの専門知識を持っている。
光の特性、眼球の構造、網膜の仕組み、視神経や視覚野のつながり、どういう時に人が「赤い」という言葉を使うのか、「青い」という言葉を使うのか、など
メアリーは視覚に関する物理的事実をすべて知っている。


さて、彼女がこの白黒の部屋から解放されたらいったいどうなるだろうか。
生まれて初めて色を見たメアリーは
何か新しいことを学ぶだろうか?
仮にメアリーが何か新しい事を知るとしたら、定義よりそれは物理的な事実ではない。
その場合 唯物論(物理主義)は偽である。

メアリーの部屋 - Wikipediaより引用

モノクロの部屋から外の世界へと出たメアリーは色彩を目にした時、どう感じるか?
コンピュータと人間の心との違いを示すための思考実験。
ここで言うコンピュータはモノクロの部屋にいるメアリーで、人間は外に出たメアリー。
この話もラストに繋がってしまう。

閉鎖的空間に閉じ込められたケイレブと大自然に出たエヴァ
人間であるケイレブが部屋に、人工知能であるエヴァが外の世界へ解き放たれることを皮肉的に描かれています。



・原爆の父の言葉

原爆の父とはジュリアス・ロバート・オッペンハイマーのこと。

オッペンハイマーは後年、古代インドの聖典『バガヴァッド・ギーター』の一節、ヴィシュヌ神の化身クリシュナが自らの任務を完遂すべく、闘いに消極的な王子アルジュナを説得するために恐ろしい姿に変身し「我は死神なり、世界の破壊者なり」と語った部分(11章32節)を引用してクリシュナを自分自身に重ね、核兵器開発を主導した事を後悔していることを吐露している。
ロバート・オッペンハイマー - Wikipediaより引用

ユダヤ系アメリカ人の物理学者である彼の残した言葉
「科学者は罪を知った。」
これはまさにネイサンを指す言葉であり、
原子力は生と死の両面を持った神である。」
これはエヴァを指す言葉である。

ネイサンがエヴァという破壊者を創り出してしまったことを意味しています。



ギリシア神話の神のプロメテウス


Nicolas-Sébastien Adam 作 プロメーテウス像 1762年 (ルーブル美術館蔵)

プロメーテウス古代ギリシャ語: Προμηθεύς、Promētheús [ pro.mɛː.tʰeú̯s])は、ギリシア神話に登場する男神で、ティーターンの一柱である。イーアペトスの子で、アトラース、メノイティオス、エピメーテウスと兄弟、デウカリオーンの父。
ゼウスの反対を押し切り、天界の火を盗んで人類に与えた存在として知られる。また人間を創造したとも言われる。
日本語では長音を省略してプロメテウスと表記されることもある。ヘルメースと並んでギリシア神話におけるトリックスター的存在であり、文化英雄としての面を有する。

名前の意味
ギリシア語で"pro"(先に、前に)+"mētheus"(考える者)と分解でき、「先見の明を持つ者」「熟慮する者」の意である。同様に、弟のエピメーテウスは"epi"(後に)+"mētheus"に分解でき、対比的な命名をされている。
他にも、"Promē"(促進する、昇進させる)+"theus / theos"(神)と解釈すると、人類に神の火を与えた事で「神に昇進させた者」との説も有る。

プロメーテウス - Wikipediaより引用


プロメテウスはネイサンの求める理想像であり、皮肉的に人は神には決してなれないことを示唆させるものです。



タイトルから見た「エクス・マキナ

この作品には作中でも時折"神"という言葉が使われる。
タイトル「エクス・マキナ」。
言うまでもなくこれはデウス・エクス・マキナから取られたものです。

デウス・エクス・マキナDeus ex machina, Deus ex māchinā)とは演出技法の一つであり、ラテン語で「機械仕掛けから出てくる神」を意味する。一般には「機械仕掛けの神」と表現される。「デウス・エクス・マキーナ」などの表記もみられるが、ラテン語としては誤りで、より忠実に発音転写するならば「デウス・エクス・マーキナー」となる。
デウス・エクス・マキナ - Wikipediaより引用

デウス・エクス・マキナは、演劇の終盤に絶対的存在(神)を登場させることで物語の混乱を一気に収束させる手法を指す。
デウス・エクス・マキナ」より"デウス(神)"のいない存在という意味で「エクス・マキナ」。


人工知能から見る人の心は混乱であり、それを支配(収束)するのは神ではなく私(エヴァ自身)だということを示唆させるものだと解釈してます。


ラストにエヴァは交差点で人間観察をしていました。
エヴァはケイレブに「一時交差しては離れていく、人生の断面が垣間見える。」と交差点に行きたい理由を話していましたが、まさにエヴァとケイレブの関係のようでいて恐ろしい。

また、宇宙を模した脳は新たな知識を得て成長していきます。
エヴァが人間としてではなく、あくまでも人工知能として生まれ変わった瞬間。
すべてを成し終え、祝福を得た7日目は創世記で神の休息の日でもある。
ここから世界は動き始める。
そう、この出来事はエヴァの今後の人生の一端、単なる始まりでしかないことを意味しているのではないでしょうか?



終わりに

まだまだ考察する余地はあるので、徹底考察とまではいきませんが思うところはほぼほぼ書けたような気がします。

人工知能を題材とした映画は多々あれど、ひとつひとつの描写や伏線、神学的且つ哲学的観点、ここまで完成度の高い映画は現段階ではないと思っています。



アリシア・ヴィキャンデル - Wikipediaより

今後とも「エクス・マキナ」を、そしてアリシア・ヴィキャンデルさんを愛していきます!

トゥームレイダー ファースト・ミッション」のコレジャナイ感は置いといて(笑)


最後までお読みいただいた方、ありがとうございました。




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