小羊の悲鳴は止まない

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喪失が獲得するもの(『PITY ある不幸な男』ネタバレ考察)

目次




初めに

どうも、レクです。
最近はなかなか映画館に行けず、新作の鑑賞もままならない状況ではありますが、同情は要りません(笑)
また書きたい内容の作品に出会ったらブログ更新していきたいと思っておりますので、よろしくお願いします。

ということで、ついに公開されましたね『ロブスター』脚本家の最新作!
ということで、今回は『PITY ある不幸な男』について語っております。

※この記事はネタバレを含みますので、未鑑賞の方はご注意ください。




作品概要

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原題︰Pity
製作年︰2018年
製作国︰ギリシャ・ポーランド合作
配給︰TOCANA
上映時間︰99分
映倫区分︰G


解説

「ロブスター」でアカデミー脚本賞にノミネートされた脚本家エフティミス・フィリップとギリシャの新鋭バビス・マクリディス監督がタッグを組み、他人からの同情に依存する哀れな男の狂気と暴走を描いたサイコスリラー。10代の息子と小綺麗な家に住み、礼儀正しく身だしなみも良い弁護士の中年男性。何不自由ない暮らしを送っているように見えるが、彼の妻は不慮の事故で昏睡状態に陥っている。彼の1日は、妻を思ってベッドの隅でむせび泣き、取り乱すことから始まる。そんな彼の境遇を知り、同情心から親切になる周囲の人々。この出来事がもたらした悲しみは、いつしか彼の心の支えとなっていた。ところがある日、妻が奇跡的に目を覚まし、悲しみに暮れる日々に変化が訪れる。
PITY ある不幸な男 : 作品情報 - 映画.comより引用





短評

本作『PITY ある不幸な男』があのヨルゴス・ランティモス監督作品『ロブスター』などに携わる脚本家エフティミス・フィリップということで観ました。

へーーーーんな映画っ!!!



ヨルゴス・ランティモス監督作品の脚本にエフティミス・フィリップが絡んだものを見ていくと生き物が象徴的なんですよね。

『籠の中の乙女』は飼い慣らされた不自由さを模す犬。
『ロブスター』は選択の余地を奪われた先に待つ動物。
この映画における犬もまた兄の選んだ不自由さの表れ。
『聖なる鹿殺し』は命の不自由さを象徴する生贄(人間)。

では本作『PITY ある不幸な男』ではどうなのか?



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ワンちゃんでした(笑)

犬を飼う家は家庭的にも安定していること、毎日おいしいご飯を貰うこと、そして海に投げ出されても帰ってこれる強運。
この犬が象徴するものこそ、"幸福"なんですよ。



一方で、主人公は幸せな家庭にありながら、不慮の事故で妻が昏睡状態となってしまう。
そんな不幸を幸福だと感じるドMで構ってちゃんの男が、喪失による同情や悲哀に依存し、同情されることで悲しみを背負うことで自身を満たしていく。

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某ドラマで「同情するなら金をくれ!」という名台詞がありますよね。
本作『PITY ある不幸な男』では"同情を嘘偽りで買う"んです。
「世の中、捨てたもんじゃない」なんて言葉をよく耳にしたりしますが、それを逆手に取った人間の本質を暴き出す怪作でした。




考察

さて、ここからは少し内容を掘っていきます。


①喪失が獲得するもの

弁護士で妻子を持つ一見何不自由のない男が不慮の事故で昏睡状態となった妻の悲しみに打ちひしがれる。

「なんて言ったらいいか…」
「気をしっかり持って」

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寝たきりの妻への哀れみから、毎朝ケーキを差し入れしてくれる隣人、値引きをしてくれるクリーニング屋の店長、優しく接してくれる秘書、励ましてくれる友人。
周りの人々との関係を紡いでいく。

言葉を掛けられない代わりに善意の行動を取ってしまう周りの反応。
悲哀で満たされていく快感と他人から同情されることへの依存。

主人公が弁護士であることも素晴らしいと思う。
なぜなら、弁護士という職業は(言い方は悪いですが)依頼人を守るために裁判官や傍聴席に向けて同情心を掻き立て、無罪を勝ち取るもしくは減刑させることを仕事とするものだから。


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「他人の不幸は蜜の味」なんて言葉もありますが、自分の不幸を蜜の味にしちゃうアプローチ、そこに焦点を当てたものというのは、今までにありそうでなかったのではないでしょうか。

例えば、自虐的なネタを話して場を笑わせることってありますよね?
悲劇は時に喜劇にもなり得るものなんです。

また、募金活動のボランティアで同情心から寄付し、自分が良い気分になったり。
同情とはなにも掛けられる側だけの問題でもない。

更には、劇中のように同情心を利用した嘘もある。
寝ていたいとかサボりたいという理由で、しんどくもないのに熱が出たと学校や仕事をサボる。
もしくは、家族の誰かが亡くなったと偽って、学校や仕事を休むなど。
これもまた、現実世界にある利得です。

何かを失って何かを得る利得関係。
喪失が獲得するものとは、他人からの同情や哀れみに留まらない"己の欲求"である。





②不協和音

本作『PITY ある不幸な男』は音というものが重要となっています。


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息子が楽しそうな曲をピアノで弾いていると、明るい曲は弾くなと父親が怒鳴りつけ、弔いの曲を歌う。
また別の日には、息子の指が成長してないことからピアノに向いてないのではないかと、ピアノ講師に詰め寄る。

そして、奇跡的に目を覚した妻が退院した後
息子が楽しそうな曲を弾くと、ピアノの調律を崩して不快な音しかならないピアノを夜な夜な作り上げた。

日常生活の中でも不幸を模索し、押し付けようとしているのがわかると思う。


冒頭では昏睡状態となった妻への悲しみと裏腹に、劇伴はベートーヴェンの『交響曲第9番』がけたたましく流れ出す。
ここから一気にこの物語に吸い込まれていくわけだが
妻が退院し、喜びに満ち溢れた場面ではモーツァルト『レクイエム』が流される。

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雰囲気と音のズレによる違和感や矛盾こそ、幸福を不幸へと塗り替える主役、夫視点、物語であることが全面に押し出されています。





③涙

妻が昏睡状態となってから、夜な夜な独りで肩を揺らして泣きじゃくる夫。

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何も知らない我々観客は、この姿に『PITY』("同情"や"哀れみ")の感情を抱くだろう。
しかし、ある日を境に泣こうにも泣けなくなってしまう。
妻が目を覚したあの日から。

主人公がトランプ遊びをしながら友人にある映画の話をするというシーンがあります。
この会話に挙がった映画は『チャンプ』という1979年に公開されたヒューマンドラマ。

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チャンプ(1979) : 作品情報 - 映画.com

元ボクシングチャンピオンの父と息子は妻に逃げられてふたり暮らし。
妻と再会したことで惨めさから息子のために再びチャンピオンを目指す。

劇中ではこの映画のネタバレが話されてしまうのですが(笑)、泣ける映画の代名詞みたいに話し出すんですよ。
ここで主人公が悲しみを抱いて泣きたいと思っていることが掲示されるわけです。


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リビングに掛けられた絵を嵐に襲われる船の絵に差し替える主人公はきっと形から入る人なのでしょう。
催涙ガスを手に入れてまで無理矢理に泣こうとするシーンはただのおバカなんですが(笑)

涙を流すほどの悲しみが心の支えとなり、周りからの同情なしには生きられなくなってしまった男は、同情されたいという願望と並行して不幸で泣ける状況を作ろうとします。

確かに何か遭った時には誰かに「大丈夫?」と心配されると嬉しかったりしますよね(笑)

悲劇を乗り越えようとする姿を見て、周りが支えとなってあげたくなる。
そうすると、自分が被害者だと注目を浴び、そのことに満足感を覚えてしまう。

『PITY』(同情、哀れみ)は時として、対象者を誤った方向へ促す危険性を孕むものなのです。





④ギリシア神話と悲劇

短評でも記載した通り、本作『PITY ある不幸な男』の脚本家エフティミス・フィリップは、ヨルゴス・ランティモス監督作品の多くに脚本として絡んでいます。

『籠の中の乙女』

『ロブスター』

『聖なる鹿殺し キリング・オブ・ア・セイクリッド・ディア』

これらの作品ではギリシア神話に絡めて考察をしてきました。

『籠の中の乙女』では"アクタイオーンの悲劇"。
『ロブスター』では"オイディプースの悲劇"。
『聖なる鹿殺し』では"イピゲネイアの悲劇"。

ギリシア神話も主に悲劇の物語が多いんです。
悲劇や不条理な物語というものを好む脚本家なのか、そういった結びつきも過去作から見えてきます。



アカデミー脚本賞にノミネートされた『ロブスター』同様、本作『PITY ある不幸な男』でも"オイディプースの悲劇"が。
そう、最も有名な"父殺し"がありましたね。

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オイディプースの場合、殺した相手が父親だったことを後に知る、つまりは無自覚であったことに対して
本作の主人公はの場合、その悲劇を呼び込むために父親を殺めてしまう。
それも、依頼で弁護することになった老人殺害事件を模した殺し方で偽装工作までして。


本作『PITY ある不幸な男』は同情に依存してしまった男の愚かでエゴイズムでしかない末路を迎えることになるのだが、本作のカメラ視点はずっと定点で俯瞰的に捉えています。

カメラの外から突然声が聞こえてくることもある。
それでもカメラは動かない。
カメラが捉える画をどう見るかは観客次第だと言っているようにも映る。
この一歩引いた視点が、ある意味で最も冷静であり、主人公に同情するように寄り添うことも、はたまた突き放すように揺さぶることもしない。

ギリシア神話のように"悲劇と不条理な物語"として、我々観客に的確に伝えてくれます。




終わりに

如何でしたか?

ギリシャ映画に詳しくないので、テオ・アンゲロプロス監督かヨルゴス・ランティモス監督くらいしか把握してませんでしたが、本作『PITY ある不幸な男』の監督・バビス・マクリディスの名前もちゃんと覚えておこうと思いました。

正直、面白さはヨルゴス・ランティモス監督作品の方が上だと個人的には思いますが
それでもバビス・マクリディス監督は無駄がなく分かりやすい、だからこそ伝えたいであろうメッセージがちゃんと伝わってくる良い監督ですね。

最後までお読みいただいた方、ありがとうございました。



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